
『ザ・カブキ』公演直前の今回は、ゲスト・プリンシパルの上野水香の登場です! これまで何度も演じてきた顔世御前という女性を、いまどのように捉え、どう表現するのか──。秋の『ドン・キホーテ』全幕上演への思いとともに、たっぷりとお届けします。
──昨年10月の『ザ・カブキ』は、久しぶりの上演でしたね。
上野 2019年の海外ツアーのウィーン公演以来でした。本当に久しぶりの取り組みでしたから、実は、顔世の人生にまでしっかり寄り添い切れただろうかと思う部分もありました。そうした手応えは、役柄を踊り込んでいく中でどんどん掴んでいくもの。東京公演を経て実施された高槻公演での舞台が、とてもいい形で実現できたように感じました。その感覚はいまも残っているので、今度の公演では、より理解を深めた形で顔世を演じることができるのではないかと思います。
──公演のたびに、その都度、あらためて役柄を深めながら取り組まれてきたのでしょうか。
上野 そうですね。でも、手応えは常に感じていました。何か、自分にしか出せないものがある、と。『ザ・カブキ』は(モーリス・)ベジャールさんというフランスの振付家の作品であると同時に、いわゆる "和もの"。その二つのハイブリッドな魅力がある作品といえます。その"和"のテイストは、日本人である私にきっとマッチしていると感じますし、ローラン・プティの作品にも触れてきた経験もあり、フランスの精神のようなものを多少は理解できていると思っているので、自分にとって顔世は、より深めることのできる役柄ではないかと感じます。
──様々なベジャール作品に取り組んだからこその実感もあるのではないでしょうか。
上野 ベジャールさんの作品には、少し東洋的な魅力を感じるところがあります。3月に神奈川県民ホールで上演した私のプロデュース公演〈Jewels from MIZUKA 2025〉では、ベジャールさんの『ルナ』を初めて踊ることができたのですが、どこか東洋のスピリットが感じられる作品です。それは『ボレロ』にも感じられます。ベジャールさんの中に東洋の精神が入っている。だからこそ、ベジャール作品は東京バレエ団に似合うのだと思います。とくに『ザ・カブキ』は、日本人の私だからこそ演じることができる作品。もちろん、フランスの香りも絶対にある。顔世が白の総タイツで踊る場面などは、これでもかというほどの脚線美を強調する。フランス的な感性だと思います。そこは、私の個性とも合うと感じますし、海外ツアーで現地のお客さまに喜んでいただいたことがすごく印象に残っています。光栄でしたし、嬉しかったですね。
──顔世という人物については、どのような女性だと捉えていますか。
上野 孤独な人ですよね。信じて進んでいこうと思っていた人生が、違うものになってしまった。ある意味、裏切られたという思いを持って生きている。終盤の「雪の別れ」の場面では、彼女は初めて自分の思い、自分の意志を表に出します。その後、彼女は波にのまれ、流されていきますが、彼女は死ぬ前に、最後の最後に初めて、由良助に「仇討ちに行け」と自身の強い思いをぶつけるんです。その時の彼女って、すごく格好いいですよね。しっかり表現したいなと思っているんです。
──ずっと耐え忍んできた女性というイメージとの、そのギャップが印象的ですね。
上野 ひたすら耐え忍ぶ女性として生きてきて、もう死ぬ場所を定めているからこそ、死ぬ前に「私はこれをやり遂げる」という思いが強い。舞台が終わった時、そこが強く印象に残れば嬉しいですし、それくらい、他と一線を画す見せ場だと感じています。波の場面での女性たちは「波の精」ですが、『ジゼル』のウィリのように、女性たちの悲しみを背負っているようにも思います。『ザ・カブキ』は男性の活躍が目立つ作品ですが、あのシーンには女性の強さ、哀れさ、儚さが集約されているように感じます。
──今回は柄本弾さんの芸術選奨文部科学大臣賞受賞記念公演でもあります。これまでに何度も『ザ・カブキ』で共演されてきましたが、あらためて、二人のパートナーシップについて教えてください。
上野 『ザ・カブキ』に限らずもう10年以上一緒に踊ってきましたから、気心知れたというか、お互いにいろいろとわかっているところがあるんです。彼はストーリーの運びがとても上手いダンサーで、それがすごく自然体。とくにそう感じるのは『ドン・キホーテ』ですが、バジルを演じている彼とキトリを演じる私は、まさに自然体。自然とその役になって、ストーリーを紡いでいく力が最大限に発揮されて、それによってすごくいい舞台ができる。『ザ・カブキ』でもそれを感じますし、今回もまた、一緒に物語を進めていくことができれば。
彼はとてもエネルギッシュなダンサーですが、私も、いつも120%の力を注いで踊るタイプなので、エネルギーの融合という意味でも、パートナーシップの良さが出ると感じます。今回も、アーティスト同士、真摯に作品に向き合い、ストーリーを紡いでいくことができる舞台になるはずです。プリンシパルとして何年やってきたかとか、背負っているものがこれだけあるとかいうことではなく、そうなるべきだと思っているので──必見です(笑)!
──さらに、11月には『ドン・キホーテ』に主演されますね。これも、ご自身の代表作の一つではないでしょうか。
上野 キトリはもう、純粋に楽しいです! 初めて取り組んだ時は体力的にも技術的にも厳しく、いっぱいいっぱい。2004年に東京バレエ団に移ってきて初めて踊ったのもキトリでしたが、ワシーリエフ版の『ドン・キ』って本当に辛く(笑)、踊り切ることだけで必死でした。
──キトリの演技、表現については、何度も演じてきたことで、何か変化はありましたか。
上野 キトリにはいろんなアプローチがあると思うのですが、私はどこか"粋な女性"にしたかったんです。最初に取り組んだ時からそう思っていました。すでにローラン・プティ作品などを踊っていたからかもしれませんが、スペインの陽気な、ラテン系の女性の中にも、どこか色っぽいところがあったり、洒落っ気や格好いいところもあったりする。そんなところをスパイスとして表現したかった。ただ強くて明るいだけでない、より魅力的な女性にしたくて、ちょっとした仕草を工夫したり、グラン・パ・ド・ドゥでも少しカッコつけてみたり──。実は私、私はナタリア・マカロワさんのキトリが大好きで、彼女の、背中でわーっと魅せるあの色気と洒落っ気! あのイメージが強くありました。
でも、いまだに身体はいっぱいいっぱい。それくらい大変なのですが、私の中で変化してきたこともあります。たとえば、『ドン・キホーテ』はある意味、どんちゃん騒ぎのばかげたお話ではあるけれど、そんな中でキトリは、最初は恋する女の子だけれど、様々な試練を乗り越え、思いをようやくかなえて迎える結婚式では、一人の人間としての自信や風格が備わった女性になっている。それってすごく格好いいなって思うんです。そうしたことも念頭において演じると、彼女の人生が表現できるのではないかと。人の力も借りながら、ドン・キホーテやガマーシュにも感謝して、最後には皆で賑やかな大団円へともっていく。そういう、いい意味でのまとまりへともっていくことができるのが、真のプリマ、スターではないかとも思っています。
──まさに芸術家、ですね。
上野 でも、アスリートの面もあるから大変(笑)。年齢を重ねても、ずっと同じようにやっていかなければいけないし、皆、同じように大変な思いをして踊り続けていると思います。それでも『ドン・キ』は楽しいですし、今回は初めてパートナーを組む方との舞台であることも楽しみです!
──バジル役は、マリインスキー・バレエのキム・キミンさん。どのような印象を持たれていますか。
上野 実は2019年の海外公演、ウィーンで『ザ・カブキ』を上演した時、現地でガラ公演を客席から観る機会をいただいたのですが、そこにキム・キミンさんが出演されていたんです。当時ウィーン国立バレエ団の芸術監督だったマニュエル・ルグリさんと一緒に拝見していたのですが、ルグリさんが「次見て、彼は"フライング・マン"だから」って教えてくださって。ジャンプでなくて、フライング(笑)!? 実際、すごかったです!!
ロシアで活躍されているダンサーは皆さん、フレキシブルに動く身体に対応してくださるという印象があります。皆さんいつも、思い切り身体を使って踊られる女性ダンサーと組んでいらっしゃるんだと思いますが、以前サラファーノフさんと踊らせていただいた時も、そう感じました。今回のキム・キミンさんもずっとロシアで踊られているので、そうした感性をお持ちだと思いますし、きっと解放的な身体の使い方をされるでしょう。一方で、同じ東洋人だからこそ互いに響き合えるところもあるのでは、と期待しています。
──では皆さまにメッセージを!
上野 今シーズンはバレエ団での全幕の舞台が続き、とても嬉しく思っています。東京バレエ団の舞台は私にとってとても大切なもの。一つひとつの舞台を大事に取り組んで、皆さまに存分に楽しんでいただけたらと思っています!