
今回のブログは入団5年目の富田紗永が登場。バレエ団に入ってすぐコロナ禍に突入、いろいろ悩みながら成長を重ねてきたダンサーの一人です。バレエ団の一員として心がけていること、目指していることなど、いろんな話題が飛び出しました!
──この春、ファースト・アーティストに昇進しましたが、自身の中で何か変化はありましたか。
富田紗永 自分としては何も変わらないけれど、最近はコール・ド・バレエでの責任の重さを強く感じるようになりました。コール・ドでは身長が高い人が前に出ることが多いのですが、在団年数を重ねてきたことで先頭を任されることが増え、責任重大です。もちろん、どの場所にいても、コール・ドとしてやるべきことは同じですが。
──"先頭"の難しさってどんなところにあるのですか。
富田 たとえば『白鳥の湖』のときですが、「もう少し、後ろの人たちに呼吸で伝えられるようになるといいね」とアドバイスをもらいました。コール・ドの登場シーンでは後ろに23人のダンサーが続きます。身が引き締まる思いでした。コール・ドで踊るのであれば、どの場所にいてもやるべきことは同じですが、先頭で舞台に出てきたら、目の前の景色に誰もいない(笑)! もうドキドキでした。
『白鳥の湖』第2幕より。オデット(榊優美枝)の後ろ、上手側が富田。
photo: Shoko Matsuhashi
──いろいろと工夫をされたのでは?
富田 先頭で踊っていると、後ろの皆がどうなっているか把握するには限界があると思ったので、全幕公演のリハーサル期間中はずっと、クラスが終わってからファースト・アーティスト以下の皆に集まってもらい、前日のリハーサルで感じたことを皆で共有するようにしていました。リハーサルをただ繰り返すだけでは疲れるだけで意味がないなって思ったので、日々リハーサルの動画を見て感じたことを皆に伝えたり、逆に皆からの要望を聞いたり──。そうやって皆がやりやすいようにもっていけたら、と心がけていました。
──『白鳥』は第3幕でも活躍されていましたね。
富田 花嫁候補の一人を踊りました。これも、4人の中のトップバッター。でも、より個性を出せる役柄なので楽しく踊れました。4人とも王子と結婚しに来ているわけなので(笑)、余計に"アピール合戦"になっていたと思います!
──アーティストとして活動していた3年間、振り返ってみてどんなことが印象に残っていますか。
富田 その時々で集中してやってきたので、とくにこれ、というのは挙げにくいのですが、昨年、東京公演ののちオーストラリア公演でも上演した『ジゼル』はいい経験になりました。
第2幕ではウィリたちが上手側と下手側にわかれて整列しますが、ここで私は、下手側の前から3番目、別の日は先頭と、日替わりで2箇所に配役されました。先頭と3番目では全然違うので、戸惑いましたね。実は、研究生だった1年目にも下手側の先頭を経験しているのですが、このときは必死すぎて何もわからないうちに終わってしまった。あらためて、先頭が背負うものの重さを実感しました。
『ジゼル』第2幕より。ジゼル(中島映理子)の後方、
ドゥ・ウィリ(金子仁美)の後ろから数えて3番目が富田。
photo: Koujiro Yoshikawa
──東京バレエ団コール・ドの伝統の重さを感じることは?
富田 あります。先輩方は皆さん自分の役もあって忙しいはずなのに、気になるところを常にアドバイスしてくれます。ありがたいことです。伝統をしっかり受け継がなければと思いました。
──『ジゼル』第1幕ではどんな役を?
富田 東京公演で初めてパ・ド・シスを踊りました。ジゼルの友人ですね。実はこのとき、初めてキャスト表に名前が載りました! 名前が載るというだけで「どうして?」って思うほどの緊張感(笑)。でもオーストラリアで回数を重ねるうちに、ちょっと冷静さが増してきました。狂乱のシーンでも、友人全員の演技が一緒だったらやっぱりおかしいし、そこで自分なりの演技をどうしていくかということはすごく難しく感じました。自分勝手にやればいいというわけでもないですし、主役の演技は毎日違いますから。でも、そこが面白いとも感じました。
『ジゼル』第1幕より。左から2番目が富田。
photo: Koujiro Yoshikawa
──ところで、前回登場されたときは、大学で卒論の準備をしていると言っていましたが。
富田 2022年に無事、卒業しました! 無我夢中でした。たまたまなのですが、3年生のときにコロナ禍に突入して、授業は全てオンラインに。その年に取れる限りの単位を取り、4年生のときにはゼミだけ履修すればいい状況にしたんです。オンライン授業だったからこそできたことかもしれません。ゼミでプレゼンをしなければいけないときは、バレエ団でのリハーサルを抜けさせてもらって大学に行き、終わったらすぐにバレエ団に戻る、ということもありました。バレエ団の先生方の理解があったからこそできたことです。ゼミの先生も応援してくれていました。
──大学とバレエを両立しようと思ったきっかけは何かあるのですか。
富田 中高一貫の進学校に通っていたということもあって、大学受験は高校時代のメインイベントでした。そんな中で、地元のスタジオの発表会に大卒の男性ゲストの方がいらしたんです。私もそれまでは、大学に行ったらバレエはできないと思い込んでいましたが、やろうと思えばできるものなんだと気づいたんです。
──高校生のときに、両立する!と決めていたのですか。
富田 実は、受験勉強のためにとバレエは週2、3回に減らしていたのですが、勉強中もバレエのことばかり考えてしまうので、勉強するときは勉強、バレエのときはバレエと切り替えてやろうと決めました。それで、高3の秋になって東京バレエ学校のオープンクラスを受け、卒業直前の3月に滑り込みで東京バレエ学校に入り、その後東京バレエ団へ──。
大学とバレエ、どちらかにしなければいけない理由はないですし、大学でのいろんな人たちとの出会いは、高校時代では考えられないほど多様でした。すでに起業している人とか、弁護士を目指して猛勉強している人もいて、大学に行ったからこそ、自分の好きなものを追求していいんだと思うようになったと感じています。
──これからはバレエ1本に!
富田 なのですが、つい癖で、家に帰るとバレエのことを調べちゃうんです。それも仕事といえば仕事だけれど、身体のこと、トレーニングのことを調べて、先輩方と「どう思いますか?」と共有するのはとても楽しいです。
──今後の夢は?
富田 いろんな人にバレエを観ていただきたいなと思っていて、何かその役に立てるようなことができたら嬉しいですね。ダンサーとしては、ロシアの、ダイナミックだけど繊細な踊りがすごく好きで、それを習得できたらと思っているんです。ロシアの名門バレエ学校で学ぶ機会はなかったけれど、「いまからでは無理」とは思いたくないんです。同時に、形だけのダンサーではなく、内から伝わるものがある、深みある表現ができるダンサーになりたいという思いも強くあります。私だけでなく、公演ごとにバレエ団が進化していくところを、ずっと見届けていただけたら嬉しいです!