
ベジャールの『ザ・カブキ』、国内での上演は6年ぶりとあって、多くのダンサーが初めての役に取り組んでいます。足立真里亜、樋口祐輝も今回、初役でおかる、勘平に挑戦! 初演時の芸術監督で伴内を演じた溝下司朗さんのリハーサルを経験した二人が、役への取り組み方、見どころについてたっぷり語り合います。
──まずは、これまでの『ザ・カブキ』公演で演じた印象的な役柄について教えてください。
樋口祐輝 男性は本当にいろんな役をやります。冒頭のロック、塩冶侍、憂いの男たちに四十七士──僕も男性ダンサーが演じる役については、黒衣と一部のソリスト役、主役以外はほぼコンプリートしているかもしれません。ソリスト役では現代の勘平、それから前回の上演では初めて塩冶判官を演じました。あの時点では塩冶を経験したダンサーが皆退団してしまっていたので、臣さん(元東京バレエ団プリンシパル 秋元康臣)と一緒に一から考えながら役づくりをしていった思い入れのある役柄なんです。それはもう、とても楽しい経験でした。最初は慣れないことばかりだったのですが、初演時に指導をされた花柳壽應先生(故人)が来てくださって、日本舞踊の所作だけでなく、ベジャールさんと一緒にリハーサルされたときのお話なども教えていただいたんですよね。もちろん切腹の段取りも、です。
──切腹は作法とか手順とか、いろいろ決まりがあるわけですよね。
樋口 音も、決まっています。決まってはいるけれど、切腹の覚悟というか、その"瞬間"をしっかり見せなければいけないと思うので、それはすごく考えながら取り組んでいました。
──足立さんは第五場の「鞠唄」に出演されていました。
足立真里亜 あの場面は、打掛がすごく重くて! しかも、それをこうスッと脱いでみせるのだけれど、肌に白粉をつけると生地が滑りにくくなるんです。メイクも普通のいつもの舞台メイクとはかなり違って大変。今日は初役の女の子たちがメイクの練習をしていましたよね。
樋口 その後も皆、顔が白かったね。たぶん、落とし切れていないんだと思う(笑)。
足立 小物を扱う緊張感も独特です。トウシューズを履いたまま内股、というのも難しいし、肩の落とし方もバレエとちょっと違って、結構身体にきます──いや! 男性の前で「身体にくる」なんて言えないんだった!
樋口 確かに、いつもと逆で、男性は大変です。とくに今回はソリスト役のダンサーたちが皆、別日程で複数の役を掛け持ちで演じる──僕の場合は塩冶判官と勘平ですが、同じ勘平役の(池本)祥真くんは伴内を掛け持ち。初日に由良之助を踊る(柄本)弾さんも3日目は師直ですから。僕はもうアタマ、バグっています(笑)。
── それでは初役のおかる勘平について、お聞かせください!
樋口 そうですね......勘平については既に一度、心が折れそうになっているんです(笑)。速くて細かい動きの多い役柄は、覚えるのも動くのもどちらかというと苦手で──。前回は初役の塩冶に取り組むのが精一杯で、勘平役については十分に把握できていなかったし、いま、苦戦しています。
足立 勘平は塩冶の家臣。二つの役は繋がっているといえば繋がっていますよね。
樋口 第一場では師直が塩冶の妻の顔世に言い寄りますが、そこで師直に対して怒りをぶつけようとする塩冶を諌めるのが勘平なんです。松の間で塩冶が刀を抜いてしまったときも、その場にいることができなかったことを塩冶に詫びている。同じ場面で、主と家臣の両方を演じます。
そして第二場は、おかる勘平の一番の見せ場になるのかなと思います。
足立 二人の逢引の場面、それから現代からやってきた由良之助が登場して、「忠臣蔵」の世界と現代が重なる──そのイリュージョンがまた難しい! いろいろと探りながら取り組んでいる状況です。
樋口 その後、殿中松の間で塩冶が大変なことになるわけですが、大事なときに何で勘平いないんだよって思いますよね(笑)。
──第三場では、山崎へと逃げていくおかる勘平の「道行」が大きな見せ場となります。
足立 第二場でのおかると勘平は恋人同士で、少し浮かれていたりもする。でも、山崎のおかるの実家へ身を寄せた二人は、夫婦なんです。その関係性が、何となく変わってきているんですよね。道行の場面は、山崎に向けての二人の過程のようにも思えます。勘平もただ若いだけの家臣ではなくなって、何か背負うようになる。そのきっかけとなる第三場となればいいのかなって思います。
樋口 山崎までくると、勘平は踊りよりもむしろ演技、感情をどう見せていくかということに尽きます。勘違いではあるけれど、義父の与市兵衛を殺してしまったという深い後悔の念からの切腹ですから、塩冶の切腹、討ち入り後の四十七士の切腹とはまた違うんですよね。ここは、現代の勘平と動きがシンクロしていないといけないので、座って、刀を抜いて、持ち替えて──と、完全に音に合わせて演技しないとダメなんです。
足立 身売りしたおかるは、まだ勘平が切腹したことを知らないんですよね。第七場「一力茶屋」で、おかるが一人で酔いをさましながら、勘平を思って涙を流すシーンは、まさに緊張ポイント。義太夫の語りの言葉にのせて動かなければいけないし、着物から足を出さないようにとか、手拭いをどう扱うとか、鏡の角度とか──しかも、「え! こんな狭い場所で踊るんだ!」と思うほど狭い。指導に来てくださっている花柳源九郎先生、花柳寿輔先生は、ここでのおかるは「あんまり大きく動かないでください」とおっしゃいます。大きすぎると、ほろ酔いでなく酩酊になってしまう(笑)。確かにそうですが、東京文化会館の舞台で踊ったとき、この動きでお客さんに届くのかなとどうしても心配になります。
──バレエの表現と日本の伝統的な表現。バランスを取るのが難しそうです。
足立 そうなんです。第一場で登場人物たちがジリジリと歩いて出てくる場面での、花柳先生のご指導も印象的でした。たとえば塩冶判官は、場もわきまえず格上の人に刀を抜くような短気な人。勘平は、もう最初から悲劇のヒーロー。若くして切腹して死んでしまうという悲壮感を、最初から帯びて出てくるようにとおっしゃるんです。『ロミオとジュリエット』だったら、もちろん結末はわかってはいるけれど、最初から悲劇的なわけではない。それが、ここでは逆。自分はそういう人、こうなる人なんです、と出ていくのが、日本の、伝統的な表現の仕方なのだと腑に落ちました。![]()
樋口 今回、塩冶判官役はトリプルキャストなんですが、僕以外の二人は初挑戦。なので、松の間でどういう気持ちで師直と対峙したのか、どれほど悔しい気持ちでぐっとこらえていたのか、そうした気持ちの部分は、二人に伝えていけるかなと思っているんです。前回の日本での上演から6年が経っているので、大半のダンサーが『ザ・カブキ』初体験。すごくフレッシュな『ザ・カブキ』になると思います。これまで『ザ・カブキ』を観てくださっていたお客さまにとっては、多分、これまでとは違う雰囲気の『ザ・カブキ』を観ていただけるのではないでしょうか。各キャストもそれぞれ、異なる演じ方をしますし、自分も──いや、自分はまだまだですが、主の大事の場にいることのできなかった勘平の悲劇を、自分の中から表現できたらと思っています。
足立 今回、初演から40年近く経つので、たとえば、現代のおかる勘平の衣裳など、時代を感じる部分もあるんですよね。もちろん、少しずつ新しくしているところもある。でも、私たちがすべてを令和の「いま」に寄せてしまったら、あの世界観は崩れてしまいます。先生方に指導していただく中で、振りや作品全体が持つ独特の重厚感は、大事に継承していくべきなんだなと感じているんです。新しいキャストが踊っても、これまでずっと繋げられてきたものを、その通りにしっかり演じ切るというのは、今回の一番大切なことなのではないかと。そうでなければ、溝下先生が当時のベジャールさんの振付を鮮明に記憶され、ここまで明確に指導されるはずはないから。『ザ・カブキ』は、それだけ大切に保たれるべきものなんだと思います。